魔法(呪いじゃないのか?)を使わなくてすんで良かったと美鶴は安堵の息を吐く。 無事勝負に勝って亘からチョコを貰えることになった美鶴は家に帰って来て亘と二人、美鶴の部屋にいた。 「初めて作ったから美味しいかはわかんないんだよ?」 包みを差し出しながら亘はいった。美鶴は微笑みながらそれを受け取ると包みを開ける。 小さな箱の中にコロンコロンといった感じの、おそらくハート型なのだろうチョコが5つ入っていた。 美鶴はそのひとつを口に入れる。そして亘を見て微笑んで言った。「美味しいよ」 心配そうに見ていた亘がパァッと笑顔になった。 「ほんと?良かったぁ!!」 美鶴は本当は甘いものが苦手だ。だから自分から口にすることはほとんどない。 でもいま口に含んだチョコはとてもとても甘いけれど・・・美味しく感じたのは多分亘が作ったチョコだからだろう。 そして自分のベットに腰掛けている亘の横に自分も腰掛ける。またチョコをひとつ手にとって亘の手に乗せた。 「・・?」 乗せられたチョコを見て亘が不思議そうに美鶴を見上げた。 「食べさせて」 「え?」 「言うことをひとつ聞く約束だったろ?・・・亘が俺に食べさせて」 「あ、そっか・・うん」 亘はチョコをつまむと美鶴の口元に持っていく。チョコがそっと美鶴の唇に触れた。 美鶴が形の良い綺麗な唇を静かに開いて半分だけチョコをかじる。 「え・・・」 チョコをつまんでいる方の手を掴まれて亘は目を見開いた。美鶴は残りのチョコを口に含むとそのまま チョコをつまんでいた亘の指もそっと食んだ。 「?!」 ビックリした亘が真っ赤になって慌てて手を引く。引き際美鶴が指をぺろりと舐めた。 「・・・!?み、みつ、美鶴っ!!」 「・・亘、まだ残ってる。食べさせて」 「え、あ?・・」 体が引けてベットの壁際のほうに何時の間にやら自分が追い詰められていることに亘は気づいていない。 美鶴は間合いを詰めると亘の逃げ場がないように体を寄せた。 「わ、わかったけど・・・も、もう、かじんないでよ!」 美鶴は笑って頷いた。かじったりはしてないのだが。 亘はまだ顔を赤くしながらチョコをつまむと美鶴に食べさせる。 最後のひとつになった時美鶴が聞いた。 「亘はいらないのか?」 「え?・・・でももうこれ一個だし。美鶴にあげたんだし・・いいよ!」 美鶴は亘の手から最後のチョコを取るといった。 「じゃあ、二人で食べよう」 そう言って美鶴がチョコを亘の口にそっと持っていく。半分食べて残りを寄越せという事かなと 亘がチョコを口に含んでかじろうとした時。 美鶴の片手がいつのまにか亘の肩をつかんでもう片方の手を頬に当てていて。 そして亘がえ?と思うまもなく美鶴はそうしていた。そうなっていた。 小さな小さなハート型のチョコ。亘が半分かじろうと口に含んだままの小さな小さなチョコ。 それを。 美鶴も同じく口に含んでいて。 それはつまり。 たった一つの小さなチョコを二人は同時にかじりあっていて。 少しでも動けば少しでも口を動かせば・・・小さなチョコレートひとつ分のそんな些細な距離は 間違いなく吐息と共に・・・消えてしまう。 ・・・それはどういうことかというと・・ あまりに間近に美鶴の瞳があってそこには大きく目を見開いた亘が映っている。 美鶴の瞳が語ってる。声を出せないかわりにその綺麗な琥珀の瞳で、熱を帯びた瞳で・・・こう言っている。 食べさせて。 甘い甘いチョコよりも・・・もっともっと美鶴にとっては甘い存在・・亘を・・・食べさせて。 その美鶴の熱を帯びた瞳を間近に見るのが居たたまれなくて亘は思わずぎゅっと目を閉じた。その瞬間。 カリンッ・・・ 小さな音を立てて亘の口の中に甘いチョコが滑り込んだ。・・・え? 「ん・・んんっ・・?!」・・・同時にチョコ以外の甘い甘い何かが亘の舌に絡まってくる。 え?え?・・・え・・・? 甘さ以外の感覚に甘さ以上の感覚に亘は頭の芯がしびれてしまい、いま自分に何が起きているのかまるでわからない。 そういえば誰かが言っていた。チョコに含まれる成分には夢見心地にさせる物が入ってる。 恋したときと同じ気分になるものが入っている・・・ 「ん・・ふぁ・・んっ?・・ん」 「亘・・・甘い・・美味しい?・・」 美鶴が囁きながら口の中で溶けていくチョコを・・・最後のひとかけらを・・舌で送り込んだ。 パフン・・・ 頭と背中にシーツの柔らかさを感じて自分の両の手には美鶴の手が重なっているのが亘はわかった。 「ふっ・・・」 「亘・・・」 口の中から甘さが消えて耳元に美鶴の囁く声が聞こえた。 甘さの余韻に酔っている亘はまだ目を開けることが出来ないでいた。 「亘・・・」 「ん・・・」 目尻にうっすらと涙を浮かべながら亘はゆっくり目を開けた。少しチョコのついた口の端を美鶴が優しく拭った。 「食べていい?・・・」 微笑みながらそういう美鶴に亘はほとんど無意識に頷いていた。 それでも頭の片隅で・・あれ?もうチョコは・・・なかったよね?とぼんやり思う。 亘は再び美鶴の瞳をものすごく間近に感じたと同時に美鶴がシーツを大きく広げてファサッと自分達を覆うのがわかった。 そして光が奪われる寸前。これ以上ないくらい綺麗な微笑を美鶴が浮かべてそっと亘に囁いた言葉を夢心地のまま・・ 甘いチョコレートの残り香と共に・・・聞いていた。 ・・・食べていい? 亘を・・・食べていい?・・・ 白いシーツが二人を隠してチョコの無くなった箱だけがコロンと床に落ちる。 そしてチョコより甘い吐息が中から漏れるだけ・・・ 甘い甘いチョコのように亘を溶かすことが出来るのは美鶴だけ・・・ Happy Valentine!