「実のとこ。言うこと聞いてって言うよりはお願いって言った方がいいかな」 じゃんけん勝負に勝って亘からチョコを貰えることになった宮原は亘が差し出した 包みを受け取らずにまず言った。亘は小首を傾げるとどういうことだろうという顔をする。 「そのチョコをね。俺じゃなくてある奴に上げて欲しいんだ」 「え?だれに?」 宮原は俯くと少しだけため息をついて言った。 「・・・弟」  ・・・へ? 宮原の話はこういうことだ。 宮原には再婚した新しい母の元、うるさくも可愛らしい弟や妹が多くいるわけです。 そしてその中にはまだチビのくせにいっちょ前にバレンタインなんかを意識しては兄である宮原と 張り合ったりする者もいるわけです。 宮原はなんだかんだいっても秀才だし性格はいいしでバレンタインともなればやっぱりそれなりの チョコをもらって帰る。そうするとそのチビちゃんは大いに面白くない。 なんで兄ちゃんばっかり貰えるのさ!!ずるいよずるいよ!!・・・と、こう来る。 「じゃあ、貰ったチョコいくつかわけてあげればいいじゃん」 「そういう問題じゃないんだよ」 自分が貰いたいのだ。チョコが食べたいわけじゃなく。男の子として。一人前に女の子から。 「なるほどなぁ」 一人っ子の亘には良くわからなかったが兄という者もなかなか大変なものなのだと思った。 「でもさぁ・・・それじゃ、男の僕から貰ったって・・やっぱり嬉しくないんじゃない?」 宮原は亘をまっすぐ見つめるとキラン!と目を光らせた。 「お願いしたいのは正にそこだよ」 亘は再び、へ?という顔をする。「三谷くんは女の子の格好がとーーってもよく似合いましたね?」 亘は大きく目を見開いた。まさかっっ?!! 「準備はクラスの女子に頼むから。そういうことで」 何がそういうことなんですかっっーー?!! 比較的口の堅い、けれどまかせてまかせて!そういうの大好き!!というクラスの女子にメイクアップと ドレスアップを施された亘は宮原と共に宮原の家の前にいた。ちなみに今回の亘くんの女装姿はイチゴ模様の ポップなワンピースにピンクの帽子です。 (しかし惜しい事にワンピの中には例のごとくデニムのパンツを穿いている) 「わざわざ僕がこんなかっこしなくたってクラスの女子に頼めばいいじゃん!!」 帽子を目深に引っ張り、涙乍らの亘の抗議に宮原は首を振る。 「かわいい女の子じゃなきゃダメなんだよ。アイツいっちょ前に相当面食いなんだ。 いっちゃ何だけど、三谷そういうかっこしたらクラスの女子の誰よりもかわいいよ」 本気なのか冗談なのかまじめな顔で言う宮原に亘はもうなにも言えなくなって真っ赤になって俯いた。 「え?ボクにくれるの?!」 宮原に呼び出されて出てきた宮原弟は亘からチョコを受け取りながら大喜びしていた。 「ありがとう。お姉ちゃん!・・・でも誰なの?どうしてボクにくれるの?」 喜びの声をあげながらも、もっともな質問を投げかけるチビちゃんに宮原がすかさず答えた。 「俺の塾で一緒の子なんだよ。だから学校も違うし家も遠いんだ。たまたまおまえを見かけて すごくかわ・・かっこいい子だなぁって思ってチョコをあげたくなったんだってさ」 とっさの口からでまかせもここまでスラスラ出せればある意味一種の才能とも言える。 亘は思わず感心して宮原を見た。 「そうなんだぁ・・・ね?お姉ちゃん、また会える?」 「え?・・え、えーとえーと・・・う、うんそうだ・・そうね」 一方亘はその場のごまかしは下手だった。これ以上突っ込まれてボロが出ないうちにと宮原が場を閉める。 「さ、お姉ちゃんは忙しいんだ。バイバイして」そういって亘の手を引き歩き出す。 「あ、まって!お姉ちゃん」 宮原弟は去ろうとする亘に飛びついて来た。そしてクンと背伸びをして亘のほっぺにチュッとする。 「わっ?」 「お姉ちゃん、ボクお嫁さんにしてあげるから!だからまた会おうね」 ニッコリ微笑む宮原弟の横でちょっと引きつり笑いをしている宮原くんがいました。 「・・悪かったね。三谷」 何時までもこの格好のままではいられないので母の帰る前には急いで着替えねばと亘の家に向かう途中 宮原はポツリと言った。 「ううん、別に。・・・いいね。弟って可愛くてさ」 小首をかしげながら宮原の方を見てふわりと亘は笑った。宮原は思わず顔が赤くなるのが自分でわかる。 そして亘に気づかれないようにそっと小さなため息をついた。 ・・・困るよなぁ、可愛いんだ・・・ほんとに。・・・その辺の女子よりずっと・・・ ふっと宮原は立ち止る。前を歩いてた亘が不思議そうに振り返った。 「どしたの?」 ふわりとワンピースの裾がひるがえったと同時に宮原がそっと亘に近づいて囁いた。 「サンキュ・・三谷、チョコのお礼・・・でも芦川には内緒な」 「・・・え?」 アイツはほっぺだったから・・・。まったくませた事をして。あとでちょっときつく言っておかなきゃ。 それに・・正直惜しかった。三谷のチョコ。本とは俺も食べてみたかったよ。 目を細めて静かに宮原は微笑んだ。 だってなんだかせつなかった。相手は小さな子供なのに。弟なのに。 ・・・ちょっと切なく胸が痛んだ。痛んだんだよ。・・・なぜだろうな?三谷・・・ ゆっくり膝をかがめて亘に顔を近づけると宮原は目を瞑る。 そして自分のおでこに暖かい何かを感じて真っ赤になって次の瞬間呆然として固まって動けなくなった 亘の手を嬉しそうに宮原くんはつないで家まで送っていきました。 Happy Valentine!